タロット占いの起源

タロットが、今日占いの道具としてポピュラーなものになるまでには、

数世紀にもわたる時間がかかっています。

歴史上、中世ヨーロッパに初めてタロットが登場して以来、時代を追うごとにその姿形から

スタイルまでが徐々に変化し、現在の「大小のアルカナで 78 枚のタロット・セット※」

というスタンダードな形に定着しているのです。

 

※現在、標準的なタロットは、大アルカナ 22 枚と小アルカナ 56 枚、総計 78 枚でワンセットとされています。

そもそも中世期のタロットにはタイトルも札番号も記されていませんでした。

王侯貴族のための「小さな油絵」だったのです。一体全体、どうしてこれが占いの道具になっていったのでしょうか?

諸説があるタロットの起源
中世のタロット

歴史上、はじめてタロットが世に登場するのが 1364 年のフランスです。

が、これはタロットについての文書が残っているというだけで、そのタロットその物は失われています。

その後、1400 年代前期に作られたとされるタロットが、現存する最古のタロットとしてイタリア、アメリカ他いくつかの美術館に

保管されています。当時のイタリアはミラノを治めていた公爵、

ヴィスコンティ=スフォルツァのために作られたもので、ヴィスコンティ・タロットと呼ばれています。

ヴィスコンティ・タロットは手描きの油絵で、実寸 190 × 90mm、厚さ2mm のサイズ。

テンペラという画法を用いられて作られています。

 

これらは王族たちの間で使用されていたゲームカードであったことなどがネット上でもしばしば散見されますが、

貴族たちがこれをトランプのように用いてゲームをしていたのではないだろうということが

今では欧米の研究家たちから指摘されています。

では一体何をしていたのでしょうか?

ここは非常にホットなところで、まだ熱い議論が沸騰中ではありますが、諸説の一部を紹介してまいります。

広げたタロットカード13枚 5枚

絵を読み解く宮廷遊技のためのタロット

当時の宮廷では、どれだけ絵の鑑賞力を持っているか、芸術についての知識を競い合うゲーム、

いわゆる宮廷遊技が王侯貴族の間でたしなまれていたことが美術の専門書で伝えられています。

たとえば黄色は光の色で希望を表す一方で、光が差すところには必ず影ができることから、

ジェラシーという意味合いももつ色であるなど、描かれている色や形、シンボルについての知識を論じ合うこと自体が

「知的なお遊び」になっていたのです。

城内での「かくれんぼ」さえ、当時の貴族たちは夢中で楽しんでいた時代です。

自らの知識を披露しつつ、どこまで想像力豊かに、またユニークに聴衆を引きつけるトークが

できるかといったところで、「ひとつの絵の中からできるだけ数多くのことを見つけ出した人が勝ち」

というゲームだったのでしょう。

かなり有力な説になっています。

教育目的の絵画としてのタロット

また、こういった絵を教育に用いていたという説もあり、実際にイタリアには、「版画による宇宙百科事典」

と呼ばれている 50 枚のマンテーニャ版と呼ばれる銅版画が残されていて、

今もなおタロット研究家たちから注目を集めています。

タロットの大アルカナによく似たそれら 50 枚の寓意画は、おそらくこれを用いて文化や哲学、思想、

この世における様々な事象についてなど、貴族が宮廷内で教育をほどこすために使用されていたものだと

考えられています。標準的なタロットとは一線を画するものだと見なされがちな一方で、

まったく異なるルーツをもつものだと断定するに足る証拠もないというところで、

タロットの起源や発祥をひもとくためには欠かせない絵札とされています。

呪術やまじない目的のタロット

時代が少し上がって 1400 年代後期に入ると、イタリアのフェラーラ公国のエステ公爵のために描かれた

「まじない札」だとされるタロットが登場しています。

魔術や占星術、オカルティズムの流行というのもこの時代の特徴で、

血塗られた戦乱の時代にあって公爵でさえ、城には祈りを込めた壁画を描き、

敵から身を守るために画家に効力のある絵札を作成するよう発注したのです。

 

こういうものがあると、そもそものタロットというものがこのようなオカルティックな目的に作られたのでは?

という見解も推せるところではありますが、いずれも文献も物的証拠も残されておらず謎に包まれたタロットとされています。

近世のタロット 占いの道具としてのタロット

近世 1500 年代に入って、活版印刷などの印刷技術の普及に伴い、紙媒体の印刷物の大量生産が可能になると、

カードゲームが貴族たちのみならず庶民の間にも流行しだし、単なるゲームではなく

ギャンブルへと派生していきます。当時の庶民のレジャーといえば、

ゲームにギャンブル、お酒、そして男女交際・・・大衆文化においては、

老いも若きも活発に自由恋愛を楽しんだとのこと・・・そういうご時世だったのです。

そして占いもひとつの流行でした。ここでトランプ占いも流行りましたが、

より人気を博したのがタロット占いだったのです。

この頃は歴史的にも激動のときで、1642 年 にはイタリアの科学者ガリレオ・ガリレイ死去。

1643 年 にはイギリスに近代物理学の祖アイザック・ニュートン誕生という、

めまぐるしい時代の変動期でした。キリスト教会が主張する創世主ありきの非化学的な宇宙観が

文化人らによって論破される時代の中で、タロット占いの文化はすくすくと成長していったのです。

宗教改革とタロット

この頃は、魔術や錬金術などのオカルト文化の流行が熱を帯びていた時代であることも重要です。

王侯貴族とキリスト教会が手を組み圧政が強まる中で、民衆はより実際的な救いになるものを探し求める時代でもあったのでしょう。

人生に悩み、迷い、試練を乗り越えようと占いに頼るという精神性がタロットそして占いの文化を発達させかのようですね。

1600 年代中期には当時の異端宗教の教義を封じ込めたと考えられているタロットなども登場しており、

一説によればそれがマルセイユ版と呼ばれる木版画のタロットだったと主張する研究家も存在しています。

以上、タロットは占いの分野だけでは語るに尽くせない大いなる背景を持っているものなのです。

ちなみにトランプは?

「トランプ」ということばは和製英語ですので、海外では通じません。

Playing Card/プレイング・カードとか Game Card/ゲームカードが正しい英語ということになります。

こういったカードはすでに 1300 年代にはフランス、イタリア、スイス周辺に中東から流入し、

宮廷を中心に上流貴族たちの間で流行していました。

美術館に残されている当時のカードは主に羊皮紙で、それを手で持って遊んでいたことが

リアルにわかるような色あせた擦り切れた状態で保管されています。

だいぶ現存する最古のタロットとは雰囲気が異なります。

現在では、もともとのトランプとタロットはそもそも別物であろうと考えられています。

広げたトランプ

タロットとトランプの違い

タロットがトランプに非常に似たものであることは確かです。大きく異なる点は、人物が描かれた札の構成です。

トランプはキング、クイーン、ジャックの 3 タイプなのにたいして、タロットでは

この 3 つにさらにナイト/騎士がくわわり、4 タイプの人物札が見られます。

トランプのジャックは、タロットのペイジ/小姓に相当するものとなっています。

タロットの騎士と小姓が一体化してトランプのジャックになったとか、タロットの小姓が抜け落ちて、

騎士がジャックになったものがトランプだと言われることもあり、タロットとトランプが

歴史のどこかで何等かの影響を与えあっていた可能性は依然として否定できません。

 

またトランプのクラブ、スペード、ハート、ダイヤといういわゆるスートは赤と黒のマークで表されています

が、タロットの 4 スートは「棒/ワンド Wand」「剣/ソード Sword」「杯/カップ cup」「貨幣/コイ
ン coin」という絵柄になっておりここも大きく異なる点です。

 

4種のスートの起源も定かではありません。15 世紀のカードメイカーは、スートに星、矢、鳥、犬、鷹(たか)、鏡、台座、月、碇(いかり)などの色々なシンボルを取り入れようとしてきた試みがあったようで、

時代の流れとともにに自然に定着していったものだとも考えられています。

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